校長から

校長室から全校生徒の皆さんに発信します ♪

校長室より「3月後半」の鳩高生への応援メッセージ

ねがい

~ どのような時代であっても鳩山高校がみなさんの居場所でありますように!~

  鳩高生のみなさん、こんにちは。校長の田中です。3年生は卒業生として3月7日に立派に本校を巣立っていきました。最後の厳かな式典、自らの花道を飾る日でもありましたが、来賓の方々をはじめ保護者の皆様が見守る中、晴れの式典にふさわしい人間力を発揮していました。この1年、様々な場面で多くの3年生に声を掛けさせてもらいましたが、皆、笑顔で対応してくれたこと、改めて感謝いたします。みなさんの優しさと誠実さは忘れません。ありがとうございました。そして2年生。2年生も卒業生を送るという立場で立派な式典とする大事な役割を果たしてくれました。ありがとうございました。

 さて2年生、今年度最後の応援メッセージを送ります。今回は“ねがい”と題して令和7年度、2025年度に向けて、引き続き、鳩山高校での学校生活を大切にしてほしい、という話をしたいと思います。

 改めて鳩高生のみなさん、みなさんにとって鳩山高校は、自分の居場所になっていますか?ちょっと大袈裟かもしれませんが、よいことも大変なこと、困難なことも含めて、みなさんにとって鳩山高校がかけがえのない存在であってほしいと願っています。

 世の若者(実際は若者以外も)同様に鳩高生のみなさんも、「初音ミク」を知っていますよね?

 日本史の教材的には、「現代のIT技術が生み出した新たな文化の象徴的存在」と評価されているという、ボカロイド(=歌声合成技術)の象徴的歌姫です。このボカロが、ネット発の文化・音楽シーンを劇的に変化させてしまったようです。YOASOBIやAdoは、このボカロの先頭を走る圧倒的支持を集めるスター中のスターです。これは日本にとどまることなくアジアをはじめ全世界を席巻する勢いとのこと。

  好むと好まざるに関わらず、人は、人と人とのつながり、何らかの人間関係の中で生きています。しかし、この人間関係に疲れた人々に救いの手を差しのべたのが、このボカロイドだというのです。今や、ボカロイド発の音楽は、周囲となじめず、社会と孤立しがちな人々が探していた居場所にもなっているようです。

 「人間よりボカロイドの歌の方が感情を深く没入できる」という若者の声は、多くの賛同者がおり、「人柄が見えすぎないボカロの曲はスッと心に入ってくる」という主旨の発言をしているのは、ボカロ文化のど真ん中にいるAdoさんです。実際、ある国のボカロ・カルチャーの浸透を伝える一コマに、ライブ会場のスクリーンに初音ミクのようなキャラクターが歌い踊り、聴衆はペンライトを持って絶叫しながら楽しんでいる様子が映し出されていました。

 日本だけでなく世界をも席巻しつつあるボカロ・カルチャーは、物事をどのようにとらえるか、ということにおいて、様々な解釈が可能な日本古来からの文化・芸能、更には生活スタイルにいきづく“余白”が生み出したものと解釈されています。

  話を現実に引き戻します。ボカロ席巻の一方で、それでも、人は、人と人とのつながり、何らかの人間関係の中で生きています。遠くギリシャの時代のアリストテレスは「人間は他者と一緒に共同体の中で生きる社会的動物である」と言いました。時にはボカロ・カルチャーに身を置くことも悪くないと思います。それでもみなさんにとって鳩山高校はみなさんの日々の生活の中心であることは間違いありません。なぜなら朝から夕刻まで、本校で学校生活を送り、身支度、登下校の時間を含めたら、どんなに短く見積もっても1日24時間のうち、3分の1の8時間は、鳩山高校に関わる時間です。通学時間がそれ相応にかかれば更に1時間2時間と鳩山高校と関わる時間は増えていきます。これに睡眠時間も入ります。みなさんの毎日は、鳩山高校と共にまわっているのです。

 その学校は、私たち教職員のほか、同じ年代の仲間が在籍しており、お互いに刺激し合って生活をしています。時には意見が食い違って口論となることもあるかもしれません。それでもそうした人間関係こそ、大切な経験であり、学ぶところでもあります。鳩山高校は生徒のみなさんにとって、勉強はもとより、様々な経験を通して人間関係を磨き、心の成長ができる場でありたいと考えています。

 インスタグラム全盛の昨今、簡潔に伝えるべきことを伝えられたらとは考えています。それでも高校生であるみなさんには、それなりの長さの文章を頑張って読んでほしいと思います。前置き等、除いて原稿用紙2枚程度という目標を果たせなかった言い訳のようになってしまいましたが、ここでメッセージを閉じたいと思います。

 鳩高生のみなさん、この1年間、私の応援メッセージを読んでくれたこと、感謝しています。令和6年度、お疲れ様でした。1年間、ありがとうございました!

 

校長室より「3月前半」の鳩高生への応援メッセージ

“パーキンソンの法則”を理解して活用する

~ 人間の特性を理解して自分自身を上手にコントロールしよう!~

  鳩高生のみなさん、こんにちは。校長の田中です。3月になりました。2年生、学年末考査、最後まで頑張ってください。3年生は、いよいよ卒業式が近づいてきました。引き続き、自分磨き、体調管理に力を注いでください。今月は、多くの人が陥(おちい)りがちな「パーキンソンの法則」について知り、自分なりの対策を考えてもらえたらと思います。

  ところで、当初この応援メッセージを始めるにあたって、800字(原稿用紙2枚)程度で全校生徒のみなさんに気軽に読んでもらえるものを目指しました。それでも思い入れが文字数に反映し、ここまで何度も長い文章になりがちでした。初心に戻って、出来るだけ800字程度の応援メッセージにしたいと思います。

  ここまでの前振りは差し引いてもらい、ここから800文字程度、始めます!今回のテーマの「パーキンソンの法則」とは、

 ★第1法則:「仕事の量は完成のために与えられた時間を全て満たすまで膨張する」

 ★第2法則:「支出の額は、収入の額に達するまで膨張する」

 という2つからなっています。

  まずは第1法則から。「仕事の量は完成のために与えられた時間を全て満たすまで膨張する」、という経験、あるのではないでしょうか?もちろん与えられた時間、すなわち期限までよりよいものにしようという気持ちから、結果として、与えられた時間を全て満たすまで使う、ことが多いと思います。この法則を上手く活用するには、自分に与えられた仕事など、期限ギリギリまで使うのではなく、成果物を提出するものであれば、早めに見てもらうのです。早めに見てもらって修正点や改善点があれば修正・改善し、より完成度の高いものにしてほしいと思います。

  第2法則は、「将来のためにお金を貯める」という観点から考えてみましょう。小遣いやアルバイト等で得たお金で何かを買おうと、お金を貯めた経験はありますか?その方法として、小遣いやアルバイトで得たお金が余ったら貯金しよう、というやり方で貯金することに挑戦した人はいますか?パーキンソンの第2法則は、この方法(お金が余ったら貯金しよう)では、お金を貯めることはできない、ということを教えています。一つ結論をいうと、お金を貯めるには、銀行などに、ためるための口座を別につくるとか「ここに入れたお金は生活費等に使わない」と決めない限り、人はお金を貯めることは難しい、というのです。それでも最近の若い人はお金を貯めるのが得意な人もいるようですので、様々な方法でチャレンジしてほしいと思います。

  時は、三寒四温、春はもうすぐです。鳩高生のみなさん!応援しています。次回、3月後半の応援メッセージは、3月17日(月)にアップします。このホームページ(=ウェブサイト)で会いましょう!

 

2月23日、本校、軽音楽部が鳩山町のイベントに参加しました ♪

 2月23日(日)天皇誕生日、鳩山高校軽音楽部の2年生が地元、鳩山町コミュニティ・マルシェにおいて近隣住民から熱い人気を誇る音楽イベント「カフェ&バルマルシェ」に出演しました。

 午後3時30分に始まった我が鳩山高校軽音楽部の演奏に、会場はあっという間にイカしたライブスペースになりました。部員の熱唱に顧問の先生も応える圧巻のステージに、会場に集まった聴衆の皆さんは万雷の拍手で応えてくれました。4曲の演奏を終えた後、卒業を間近に控えた3年生の友情出演があり、会場は熱気と興奮に包まれました。

 会場に足を運んでくれた聴衆の皆さんに素敵な夕べを提供できたと思います。軽音楽部の生徒の皆さん、最高にカッコよかったですよ!お疲れさまでした。

 

校長室より「2月後半」の鳩高生への応援メッセージ

令和8年4月開校の新校、校名案が発表されました!

~「ハトミライ☆プロジェクト」で本校のシンボルとなった「」、未来へ!~

  鳩高生のみなさん、こんにちは。校長の田中です。令和7年2月12日午後、大野元裕埼玉県知事から来年の4月に開校する県立高等学校12校の統合及び名称変更 についての条例案が発表されました。その中に、本校と越生高校の再編整備によって開校する新校の校名案も含まれています。

 

「埼玉県立越生翔桜(しょうおう)高等学校」です。

 

 この校名案を3月の埼玉県議会に提案するということです。従って現在は案の段階で、校名の正式な決定は、議会後となります。この点、承知しておいてください。

 本校にとって新校の校名に「桜」という文字が入ったことは大変喜ばしいニュースだと思います。本校と桜の関係を紐解くと、福島の震災復興ボランティアへの参加を縁に「ふくしまサクラモリプロジェクト」様から桜の苗木をいただいことから始まりました。第36期生徒会の生徒達が、いただいた桜の苗木を大切に育て、「30年後の鳩山町を桜の名所にしたい」という願いをかたちにするため、2017(平成29)年度に「ハトミライ☆プロジェクト」を立ち上げました。「鳩山町を桜の名所にしたい」というスローガンにも表れているように、このプロジェクトは、いち鳩山高校の取り組みにとどまらず、鳩山町に全面的にご支援いただきながら地域と共に歩む壮大な企画でした。すなわち鳩山町の活性化や自然の有効利用、鳩山町の知名度の向上を目的にしたプロジェクトとしてスタートしたのです。

 

 ここで「ハトミライ☆プロジェクト」における桜の植樹の歩みをたどっていきたいと思います。植樹は例年3月末に行うため、実際の植樹の年月日は、暦のうえでは当該年度の次の年となります。

・その1年目は、平成29年度の2018(平成30)年3月に「鳩山町農村公園

・2年目2019(令和元)年は「石坂の森

・3年目2020(令和2)年は「地球観測センター(JAXA)

・4年目2021(令和3)年は「泉井交流体験エリア

・5年目2022(令和4)年は「鳩山松寿苑本館

・6年目2023(令和5)年は「鳩山中学校

・7年目2024(令和6)年は「東京電機大学鳩山キャンパス

と歴史を重ねてきました。こうした中、再編整備の計画を受けて、令和5年度、2024(令和6)年3月の植樹をもって本プロジェクトに区切りをつけることとなりました。

  植樹活動は一区切りですが、鳩山高校の先輩方が大切に築き上げてきた宝物のような「桜」プロジェクトは、新校の校名に受け継がれ、新たな歴史を刻むこととなります。全ての卒業生、在校生、保護者の皆様、教職員の皆様、鳩山町の皆様、そして鳩山高校をこよなく愛してくださっている皆様、本当にありがとうございます。

 

 ところで我が国、日本において、この「桜」とはどのような位置づけのものとして現在に至ったのでしょうか?その歴史を探ってみたいと思います。もともと桜は日本に普通に自生していたものだそうです。つまり国産です。したがって古代日本において必ずしも珍重されていませんでした。それに対して「梅」は、進んだ中国文化と一緒に日本に入ってきた外来種です。そのため、都に植えられ、大切に育てられました。

  奈良時代から平安時代に至っても梅の尊重は続きます。その象徴として都が平安京に移った際、新築された内裏(だいり・天皇の住まい)の本殿には、梅と橘(たちばな)が植えられました。これを「左近の梅(さこんのうめ)」、「右近の橘(うこんのたちばな)」といいます。当時の天皇、嵯峨(さが)天皇は中国好きで有名だったそうですから納得です。それでもこの後、桜が主役の座を奪います。諸説あるのですが、大きな理由として考えられるのは遣唐使の廃止などから国風文化が大きく花開いたことです。嵯峨天皇の皇子が天皇になった時代から「梅」に代わって「桜」を本殿の前に植樹し、国風文化隆盛(りゅうせい)の象徴となりました。

 

 みなさんにもおなじみの日本最古の歌集、『万葉集』では梅に押されていた桜ですが、最初の勅撰(ちょくせん)和歌集である『古今和歌集』では梅を圧倒し、花と言えば「桜」のことを意味するまでになっていきます。この歴史は1000年以上経った今もこの流れをくんで現在に至っています。次の「校長室から鳩高生への応援メッセージ」は、「桃の節句=3月3日=ひな祭り」にアップする予定です。女子生徒のみなさん、3月3日には、ひな人形を飾りますか?一般的にはひな壇が何段かあるものには、「左近の桜」と「右近の橘」がセットで付いているはずです。段飾りの左右は、「内裏ひな」から見て左右ですから、飾る場合は名称とは逆に、向かって左に「橘」、向かって右に「桜」を飾ってくださいね。

  今や3月末から4月のシーズン、見事、満開に咲き誇った姿は右に出るものはないほど美しい桜。私たちの目を十二分に楽しませてくれた後は、潔く散っていく、花界(?)の絶対的エース(?)として君臨するその佇(たたず)まいに王者の風格すら感じてしまいます。

 そして2026年・令和8年の4月、「桜」は、我が鳩山高校を象徴するものとなって新校に継承されていくこと、素直に喜び、胸を張って、それに加えて鳩山高校という看板を背負(しょ)った私たち自身の自己肯定感を一層、高めましょう!フレー、フレー鳩高!フレー、フレー鳩高!

 引き続き、思慮深く、そして笑顔で学校生活を送ってください。鳩高生のみなさん!応援しています。

  次回、3月前半の応援メッセージは、桃の節句、3月3日(月)にアップします。このホームページ(=ウェブサイト)で会いましょう!

 

校長室より「2月前半」の鳩高生への応援メッセージ

自分の素直な感情をのぞいてみよう!知らなかった世界が見えてくるかもしれません

~ピカソの絵画を前にした私の経験から~

 

 鳩高生のみなさん、こんにちは。校長の田中です。3年生のみなさんは、家庭研修に入りました。2年生は、3年生が登校しない2年生だけの高校生活がスタートしました。一つの学年だけでは持て余してしまうくらい大きな校舎、引き続き、愛着ある自分のホームルーム教室を大切にして学校生活を送ってください。毎日の清掃区域も少し変更があるかもしれませんが、こちらも引き続き、校内美化に力を発揮してください。

  さて、今回は「自分の素直な感情」にスポットを当ててみたいと思います。自分の素直な感情と言っても、これは周囲の人との関係もありますから、何から何まで自分の素直な感情をぶつけてしまったら、円滑な社会生活が送れなくなってしまいます。新聞、テレビやネットからその日の情報を確認すると、対人トラブルで大きな事件等に発展してしまったケースが飛び込んでくることがあります。「むしゃくしゃ」して犯行に及んだ、などです。犯行に及んだ人からすると、もしかしたらこれも素直な感情からだったのかもしれません。数行前に、「自分の素直な感情」にスポットを当てるとは言いましたが、こうした周囲や社会から認められることのないことは当然のことながら除外しての話です。

  やっと本題で入ります。唐突ですが、皆さんは「ピカソの絵画」はお好みですか?天才とうたわれた画家のパブロ・ピカソです。本名はというと、ここから数行が必要なことを知っている人もいると思います。そのピカソの絵画。とは言っても若い頃と世界的に名を轟かせてからのものでは、だいぶ違います。ここで「お好みですか?」と尋ねているのは、ピカソが描いた作品の中で最も有名だと思われる、ドイツ空軍による無差別爆撃を受けた1937年に描いた絵画、『ゲルニカ』やその他では『泣く女』などです。改めて問われると、何となくイメージできても、どんな絵だったかな?と思うのではないでしょうか。今はネット環境が抜群です。早速、ググってみてもらえたらと思います。

 問いを発した私はというと、…。『ゲルニカ』や『泣く女』などは正直、苦手です。小さかった頃は、「小学生並みの絵じゃない!」などと周囲と一緒に言いたいことを言っていたこともありましたが、やがて芸術家として多くの人にメッセージを送りたかったから思いをキャンバスにぶつけた、ということは理解しつつ、いつの日か天才、ピカソに忖度(そんたく)して、また、絵のメッセージを解さない奴、という批判をどこかでかわしたい気持ちだったり、こうした、言ってみれば「自分の素直な感情」は控えるようになっていました。そんなこと自体も忘れていたある時、大変著名な、いわゆる文化人同士の対話録をまとめた本の中で次のように述べていました。部分的に引用します。

 

 「…(略)。ピカソの絵の前にながく立っていると、額から脂汗が出る感じです。芥川がどこかの絵の展覧会で、気に入った絵を見ていると、それまで胃の全面に広がっていた酸が一瞬に引くように感じたということを言っておりますが、絵の調和とか不調和とかいうものは、生理、とくに胃の生理と結びついているように私は思うのです。ピカソの絵は、とうてい長く見ていられない。あれを高い値で買って居間に掛けようというのは、妙な心理です。(略)…」

 

 この本に出逢って胸のつかえがスッとした思いでした。文化勲章受章レベルの方の対話で「我が意を得たり」というこの言葉は大変勇気づけられました。そして改めてピカソについて調べてみました。どこかで聞いたことはありましたが、ピカソは、…ちょっとストレートすぎる言葉かもしれませんが、"絵画が抜群にうまい”ということを。その代表作と言ってよいのが、1897年に発表した『科学と慈愛』です。美術教師だった父の指導のもとで描いた古典的な様式の絵画で、マドリードで開かれた国立美術展で入選、佳作を受賞し、約2週間展示されたそうです。そして後にマラガの地方展で金賞を受賞した作品です。15歳のピカソの才能に審査員たちも舌を巻いたと言われています。是非、ググって『科学と慈愛』という作品を見てもらえたらと思います。素晴らしい絵画だと思います。そのピカソ、子供の頃から美術の英才教育を受け、『科学と慈愛』を書きあげる少し前の1894年、ピカソの父は絵の道具を息子に譲り、自ら描くことをやめました。一説に自分を凌駕(りょうが)している息子の才能への賞賛が原因といわれています。

  「額から脂汗が出る感じ」と評される一方で、ピカソは伝統的な絵画の技法を当然のごとく身に付けていました。その後、多くの人と出会い、影響を受ける中で「キュビズム」という、複数の視点から同時に対象物を見るという革新的な美術表現を創始しました。その後、シュルレアリスム(超現実主義)などの流れも取り込み、『ゲルニカ』などが完成したようです。

  話が少し散らかってしまいましたのでまとめます。私がちょっと苦手な絵画について著名な文化人もある種、その時の私に賛同してくれた感想は、ピカソという高名な画家の一部の顔だったのです。ピカソを知った当初は、ピカソという画家は、あのような絵しか描けないのかな、と思った時期もありました。その後、私と同じような感想を、ずっと以前から持っていた文化人の言葉を聞いたことがきっかけとなって、自分なりに調べていくうちに、実は深い闇のようなものがあったであろうことを理解しました。ピカソは父親から絵画の英才教育を受け、多くの人々をうならせるような、写実的な筆致の絵画を描いていたが、自らの思いや様々な影響を受ける中で、あの特徴的な絵画にたどり着いたのです。時に揶揄されることもあるピカソの作品は彼の絵画の表現のほんの一部だったのです。

  今の私は、ピカソの例えば『泣く女』を見て、現実世界の不合理や無情や人の醜い一面など様々な要素、想い、悩みなど全てひっくるめて、強烈なメッセージを発している作品なのだろうと受け止めています。

  さあ今回、鳩山高校の全校生徒のみなさんに伝えたかったのは、絵画や造形物をはじめ、世の中で「素晴らしい!」と称賛されているものについて、自分の素直な感情で受け止めてみてください!ということ。自分の感覚とは裏腹に世の中で評価が高いのであれば、何が素晴らしいのか?自分の頭で考える癖をつけてほしい、という提案です。人に歴史あり。なぜ、今のような心境に至ったのか、今の現実があるのはなぜなのか?みなさんの身近にあるモデルをとおして深掘ってみるとともに、自分自身と向き合うことを避けることなく、多くの有益と思われる経験を積んでいってほしいと願っています。鳩高生のみなさん!応援しています。

 

 次回、2月後半の応援メッセージは、2月17日(月)にアップします。このホームページ(=ウェブサイト)で会いましょう!

 

校長室より「1月後半」の鳩高生への応援メッセージ

ピーク・エンドの法則

~家庭研修迫る3年生、高校生として受ける授業は、あと一週間となりました!~

  鳩高生のみなさん、こんにちは。校長の田中です。そして、特に3年生のみなさん、いよいよ高校生として授業を受ける機会は、あと一週間です。今、どんな気持ちでしょうか?これから3年間の高校生が始まる、と期待と不安が入り混じった3年前の4月から、振り返れば、あっという間だったとは使い古されたセリフですが、まさにこれが率直な気持ちだと思います。最後の最後は、3月に予定されている卒業式ですが、授業の締めくくりにあたって「ピーク・エンドの法則」というものを知って、鳩山高校での高校生活の体験価値を劇的に向上させましょう! 

 まず、私たちの記憶のメカニズムを見てみましょう。人は過去の経験を振り返る際、当然のことながら全ての記憶を思い出すわけではありません。心理学では、体験・経験全体に対する印象は、主に「感情が最も高ぶった瞬間」と「体験の終わり」によって決定されると言われています。

  ピーク・エンド法則とは、「感情が最も高ぶった瞬間の『ピーク』」と「体験の終わりの『エンド』」、つまり、クライマックスとエンディングを印象的に自分の中に刻みこむことで満足度を大幅に向上させることです。まず、「ピーク」ですが、本日以降、一科目一科目、学年末考査を前に最後の授業を迎えます。全ての授業が、3年生のみなさんにとって、自分を成長させる、かけがえのない授業(=時間)ですので全ての科目にについて自らピークと受け止めましょう。具体的には「全ての科目の最後の授業で、この授業が自分を高校生として成長させた!」と心に刻みましょう。例えば、国語の科目であれば、「この授業によって自分の言葉の力、表現力が大きく成長した!」、英語であれば、「いくつか英会話フレーズを覚えた」とか「まだ少し苦手だけど英語の授業を通して世界の課題に触れられたことが自分の財産」など、ピークは授業全体をひとくくりにしてもよいですが、折角ですので全科目、自分の「ピーク」ストーリー、物語を創ってみましょう。

 そして「エンド」は、出来れば学年末考査、全科目、しっかり合格点、また自己最得点を更新して「やり切った!」という達成感をもって家庭研修に入ることです。やり切ったが、今日までの鳩山高校での日々は、もう戻ってこない、名残惜しい気持ちの中で、学年末考査終了の翌日に予定されている遠足(=ディズニーランド遠足)について友達と語り合うなど、よき「エンド」ではないでしょうか。

 

 実はそのディズニーランド、「ピーク・エンドの法則」を巧みに活用することで来場者に「最高の体験」を提供し続けている、と言われています。

 

 「ピーク」の例としては、「アトラクションのクライマックスシーン」、「キャラクターとのグリーティング」、「パレードやショーの盛り上がり」などがあり、「エンド」の例としては一つ一つの「アトラクション出口での達成感」、「キャラクターグッズをはじめとするショップでの買い物」、「名残惜しい気持ちで帰る瞬間」などで最後を締めくくることです。ディズニーランドでは、こうした瞬間を徹底的に作り込み、来場者の感情を最大限に高める工夫がされている、のだそうです。ワクワクしたり、盛り上がった記憶など「ピーク」の記憶、最後は名残惜しい「エンド」で締め、多くの来場者は「また、来たい!」という想いを胸に帰路につきます。こうしてディズニーランドのリピーターとなり、これが友人、知人に伝わり、ディズニーランドは今日の不動のテーマパークとして君臨し続けているのです。3年生のみなさん、是非、ディズニーランドの魔法にかかって、これが「ピーク」か、これが「エンド」か!と体験してきてください。

  鳩高生のみなさん、特に3年生!まずは授業終了にあたってのピーク・エンド。ピーク・エンドの法則を上手く活用して鳩山高校での自分成長物語を描いて、3年間の経験・体験を最高に価値あるものとしてほしいと思います。そして仕上げは卒業式。まだ多くの時間が残されています。引き続き、自分を高めながら卒業式を迎えるにあたって、新たな4月を迎える活力となるような最高のピーク・エンドの物語を創ってほしいと思います。2年生のみなさんも今年度の「ピーク・エンド」をデザインしてみてください。鳩高生のみなさん!応援しています。

  

 次回、2月前半の応援メッセージは、2月3日(月)にアップします。このホームページ(=ウェブサイト)で会いましょう!

校長室より「令和7年・2025年1月前半」の鳩高生への応援メッセージ

「決意・意志」なきところに道はひらけませんが、「仕組み」に頼ろう!

~1年の計は元旦にあり?今の気持ちを継続するためにやってほしいこと~

 鳩高生のみなさん、こんにちは。校長の田中です。

 本日3学期の始業式、いよいよ今年度の仕上げの時期となりました。と同時に新しい年が始まって約1週間が経ちました。新年を迎えて、「今年は…」、とか「今年こそ…」という目標を立てた人も少なくないと思います。本日の始業式では、何かを実現させるためのスタートの話、入口の話を松下幸之助さんを例にあげて話しました。

 そしてここからが今回のメインテーマです。立てた目標を達成するための方法は、世の中にたくさんあると思いますが、その方法の一つを紹介したいと思います。先に結論から言うと、タイトルにある「決意や意志」あるいは「目標」が固まったら、それを実現するために取り組むべきことを、できれば毎日、難しければ1週間のどこかにスケジュールとして組み込んでみてください。一番実現しやすいのは「毎日決まった時間にやる」で間違いないと思います。仮に毎日できなくても「1週間の中で『明日、学校で…をしなきゃ』と、深く考えなくてよさそうな土曜日や日曜日の朝時間帯に、掲げた目標に近づくためのアクションを起こしましょう!午前中の1時間とか、予定を組んでしばらく続けてやってみることです。今回の話では、これを私は「仕組み」と呼ぶことにします。

  「仕組み」をネットで調べてみるとこんな解説に出会ったりします。「『仕組み』とは、物事の組み立て構造、事をうまく運ぶために工夫された計画、あるいは芝居や小説で内容や配置などに対してなされた工夫や趣向を指します」と。少し長いのでスリムにします。「『仕組み』とは、事をうまく運ぶために工夫された計画」としましょう。

 こんな経験はありませんか?ピアノを弾けるようになりたくてピアノ教室に通った、野球が上手くなりたくて少年野球のチームに入った。何かに属さなくても、仮に野球であれば、(毎日、週に何回か)素振りを50回する。他にも週に1回は30分読書する、寝る前に腕立て10回する。このようなものが今回、話題にしている何かを達成するための「仕組み」です。意志や気合いは絶対に必要だと思いますが、忙しい毎日の中で何かをずっと続けることは相当難しいものです。人間は強い意志を持っていますが、それだけでは中々続かないものです。人は何かに刺激されて気持ちが高まった時、「よし、〇〇するぞ!」と決意したり、目標を持ったりします。何か目標をもって決意した、その時の気持ちは偽りのないものだと思います。しかし、その決意が時間とともに冷めかけた時、再び決意した時と同じようなマインドに持っていくことは相当な達人でも結構難しいものです。「1年の計は元旦にあり」と気合いを入れて何かを始めたが、長く続かなかった経験は誰でもあると思います。

 年初めに「よし!今日から少し走るぞ!」強い決意をして2日間走って、3日目には「今日はちょっと休もうかな」と三日坊主にもならずに白旗をあげた経験がある人もいるのではないでしょうか。私もその一人です。だからこそ「事をうまく運ぶために工夫された計画」の出番です。この時間は、これをやる、意志の力でやるのではなく、そういうスケジュールになっているからやる。事をうまく運ぶために工夫された計画と言ったって、そんなのただの計画じゃない!と思うかもしれません。色々解釈できるかもしれませんが、一日の中のどこかでやる、一週間の中のどこかでやる、ことは十分工夫された計画と言ってよいと思います。

  世の中で何かの成果をあげている人は、必ずルーティンを持っています。ルーティンとは、「決まっている手順や日課などを意味する言葉」で、アスリートが用いたことで有名になったといいます。つまり、成果をあげている人は、そういう仕組みの中で生活しているのです。

  強い決意や意志は大切ですが、継続するためのカギは「仕組み」だと私は思っています。特にそれが好きで、仕組みの中で何かを継続している人は何の苦も無くどんどん上達するものです。この「仕組み」を活用しない手はありません。鳩高生のみなさん、自分を高める何か目標を立てて、毎日、又は週のどこかで継続してみてください。3か月後、半年後、1年後には、何とも頼もしい自分に出会えると思います。何か『仕組み』を作って始めてみてください。応援しています。

  次回、1月後半の応援メッセージは、1月20日(月)にアップします。このホームページ(=ウェブサイト)で会いましょう!

 

校長室より「12月後半」の鳩高生への応援メッセージ

早く行きたければ、ひとりで!遠くへいきたければ、みんなで!

  鳩高生のみなさん、こんにちは。校長の田中です。早いもので12月も後半になりました。寒さも例年並みとなっているようです。冬休みまであとわずか、2学期終業式まで健康第一で走り抜けてください。

 さて今回はタイトルにつけた「早く行きたければ、ひとりで!遠くへいきたければ、みんなで!」というテーマで語りたいと思います。地上波のテレビで「ぼくらの時代」という鼎談(ていだん)番組があります。鼎談(ていだん)」とは、3人が向かい合って話すという意味です。その3人は、皆、いわゆる芸能人です。仕事仲間であったり、古くから付き合いのあるお友達など、3人のゲストによるざっくばらんな会話は、有名芸能人のプライベートの話など、普段とは違った顔が見られる面白い番組だと思っています。

 その「ぼくらの時代」で、Kis‐My‐Ft2の藤ヶ谷太輔さんを含めた3人のゲストの回がありました。「へー、そんなこともあるんですね」などと会話がはずんで進行する中、藤ヶ谷太輔さんは、「自分はいつもこう思っている」と切り出して、「早く行きたければ、ひとりで!遠くへいきたければ、みんなで!」と2人に語りかけました。「うおー!」。これを聞いた2人はたいそう感動し、ひとりのゲストは「この言葉を聞けただけで満足、ここで番組が終わってもいいかも」と感動しきりでした。テレビを見ていた私も「なるほど!」と唸ってしまいました。私と同様にテレビを見ていた藤ヶ谷ファンからは、「藤ヶ谷くん、カッケー!」という声が聞こえてきそうでした。ヒントとしたものはあると想像していましたが、後日、みつけました。

 

 If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together.

 早く行きたければ、ひとりで行け。遠くまで行きたければ、みんなで行け。

 

 これはアフリカの諺(ことわざ)だそうです。太古の昔、厳しい自然環境を前にして人間が家族をはじめ自分たちの仲間を守り、生き抜くためにはみんなで協力して行動することが求められたことでしょう。時には一刻を争うような危機にスピード感をもってひとりで行動する必要もあったと想像します。様々調べると岸田元首相も所信表明演説で引用していました。

 さて、これはみなさんの学校生活にも当てはめることが出来そうです。ひとりではとても出来そうもないことでも、「みんな」がいれば、「みんな」が力を合わせれば実現できることはたくさんあると思います。おおいに参考になる言葉だと思います。「遠くまで行きたければ」の「遠く」を自分なりにアレンジ、再構成するなどしてみてください。鳩高生のみなさん、「みんなで行く!夢」を持ってもらえたらと思っています。応援しています。

  次回、「令和7年、2025年1月前半」の応援メッセージは、3学期始業式の1月8日(水)にこのホームページ(=ウェブサイト)で会いましょう!また、次々回の「1月後半」の応援メッセージは、1月20日(月)にアップします。

校長室より「12月前半」の鳩高生への応援メッセージ

不断の努力・コミュニケーション・チームファースト

~ 大谷翔平・MVP・チームメイトが心から祝福 ~

 

 鳩高生のみなさん、こんにちは。校長の田中です。

 何について論ずるのか?分かるようで焦点がしぼれないタイトルですが、今回はアメリカ大リーグで記録づぐめのシーズンを送り、過日、リーグMVPを満票で獲得した大谷翔平選手が多くの人から支持を集める理由について深掘ってみたいと思います。

 100年以上の歴史を誇る大リーグでDH(打者専門で守備につかない指名打者)でMVP(最優秀選手)を獲得した選手はいません。Baseball(ベースボール)発祥の地、アメリカからすれば、ただでさえ昨年、別のリーグでMVPを獲得したアジアからきた若者にこれ以上、活躍されてはプライドが許さない、そんな本音も見え隠れする中での自身3度目のMVP受賞にチームメイトも心から祝福していました。まず大前提として大谷選手の野球にかける情熱、不断の努力があります。二刀流を掲げて海を渡った2018年、開幕前は苦戦し、打撃は高校生レベルとまで酷評され、二刀流は無理とささやかれる中、シーズンが終わってみれば新人王を獲得。2021年には二刀流が開花してMVP。猛者ぞろいの大リーグの中でも超一流の選手として認められました。

  そしてドジャースに移籍した今シーズンの開幕前、大谷選手は力強く言いました。「自分にとって、(チームの)勝利が最優先」と。大谷選手の活躍を語るのにあたってこの言葉にすべてが凝縮されていると思います。プロの野球選手である限り、自分の成績が大事なのは言うまでもありません。成績が悪ければ戦力外になってチームに残ることさえできません。だからこそ、と言ってもよいかもしれません。いずれにしても「チームファースト」を宣言しました。もちろん、「自分の成績よりチームの勝利が最優先」という言葉はもっともで、多くの人が共感するものだと思います。実際、どうだったか?大谷選手は確かに多くのホームランを打ちましたが、状況に応じて走者を進塁させるチームバッティングに徹していました。また、チームに勝利をもたらすために一つでも次の塁に進もうと常にチャンスを伺い、挑んでいました。そうしたプレーに辛口のメディアも大絶賛していたことがたびたびありました。

  コミュニケーションについては、通訳の水原氏が事件を起こしてチームを離れたことで(新たな通訳はつきましたが)チームメイトと直接、接する機会が多くなり、結果として幸いしたようです。ユニコーンと称されるほど、パワーとスピードに溢れる一方でチームメイトと無邪気にジョークを交わす、ごく普通の若者の姿に周囲の人は皆、魅了されました。大谷選手の試合に向かう姿勢、準備、練習など野球への情熱、野球観、人間性に触れて、チームメイトが改めてリスペクトしたのです。

 開幕から5月、6月と成績を積み重ねる大谷選手に贔屓(ひいき)のファンからはMVPコールが起こるものの、一方でDH(指名打者)に専念した大谷選手はMVPは取れないという論調も強まりました。実際、打者としては申し分ない成績を残した往年の名選手もMVPを獲得できなかったことで大谷選手がMVP候補に挙がること自体に嫉妬が渦巻いたりもしました。それでもそんな内外の物言いを黙らせるほどの途轍(とてつ)もない記録、「50-50(50本塁打-50盗塁)」をはじめ数々の成績を打ち立ててMVPを獲得しました。MVP受賞直後のインタビューでは多くの大リーグ史上初の成績を残しながら「チームを代表してもらったと思っている」と語りました。これに対して同僚のムーキー・ベッツ選手は「翔平は受賞の後に何度もチームについて話していたよね。誰よりも自分に厳しいはずだけど自分のことは二の次なんだ。その結果は周りの人のおかげだと本気で思っているんだよ。本当にそう思っていることは、ずっと一緒にいれば分かるよ。」と。これ程の成績の残しながらその実、本人の言葉どおりチームファーストであったこと、これこそ大谷選手を大谷選手たらしめているのだと思います。野球に詳しい人は思い出してください。日本でもアメリカでもありました。もの凄い成績を残した選手がチームメイトから「彼は自分の成績しか考えていない」と批判されることがあったことを。この話には誤解もあったと言われていますが、少なくとも周囲の人の中には、「凄いことは認めるけど自分の成績しか…」、そう感じていた人が少なからずいたということです。

  大谷選手の偉業は大きすぎて私たちと比較することは現実的ではありませんが、鳩高生のみなさん、みなさんも日々小さな何かを成し遂げていると思います。みなさんが大小、何かを成し遂げた折には、周囲から心より祝福される人であってほしいと願っています。最後に改めて今回のタイトル、「不断の努力・コミュニケーション・チームファースト」をかみしめてほしいと思います。応援しています。

  では次回、12月16日(月)にこのHPで会いましょう!

 

 

校長室より「11月後半」の鳩高生への応援メッセージ

対話

 鳩高生のみなさん、こんにちは。校長の田中です。今回は「対話のすすめ」について語りたいと思います。「対話」というと当然のこのながら「相手」がいます。クラスメイト、友達、先生など大いに対話して相互に理解を深めてください。そして今回は話しかけても、問いかけても対象物が言葉を発してくれない対話に挑んでほしいという話をします。

  数年前、京都を訪れた折、タクシーを使って市内を見学しました。今ではすっかり中学生の京都修学旅行の定番となっているようです。生徒のみなさんの中にも班員と計画を練った見学ルートを班別研修としてタクシーで廻った経験がある人も多いのではないでしょうか。さてその時私は、見学先の一つに日本史の教科書、図説でおなじみの国宝「半跏思惟像(はんかしゆい(又は「はんかしい」)ぞう)」が安置されている「広隆寺」に行きました。広隆寺は平安京遷都以前から存在する京都最古の寺院です。半跏思惟像といえば奈良県、中宮寺の半跏思惟像とともにとても有名ですが、ここでは広隆寺の半跏思惟像です。

 おぼろげながらも少しだけでもイメージしてもらうため、この「半跏思惟像」をイラスト化してみました。「半跏(はんか)」とは、右足を曲げて、左ひざの上に置き、「思惟(しゆい)」は、右手の指先を軽く頬にふれて思索する、この姿の仏像が半跏思惟像仏教の修行者が瞑想する際にとるポーズを表した彫刻とされています。

 

 ちょっと若い青年のようになってしまいましたが、おおよそこんな感じの像だと受け止めてもらえたらと思います。

  さて本題に戻りましょう。広隆寺は聖徳太子信仰の寺院であり、聖徳太子関係の像も見どころの一つですが、それでも最大のみどころは、何と言っても今、話題にしている半跏思惟像です。この半跏思惟像の前には畳敷きの腰掛があり、ゆっくりこの半跏思惟像を眺めることができます。私は同行した方とタクシーの運転手さんも一緒に堂内等を見学しました。堂内の展示物を流すように見ながら国宝、半跏思惟像の前に立ちました。静寂に包まれた堂内のセンターにスポットが当たり、何か心が洗われるような美しい姿に圧倒されながらも時間が経つうちに私の心も整ってきたような気がしました。

  そんなことを考えながら堂内を見学しました。その間ずっと半跏思惟像の前には一人の女性がいました。思い返せば、堂内に入った時から出るまで中年と思しき端正な身なりの女性が半跏思惟像の前の畳敷きの腰掛に正座するかのように姿勢よく座って微動だにしない、そんな気品ある雰囲気をまとって半跏思惟像と向かい合っていました。それも他の観覧者に配慮し、真正面から少し右側で半跏思惟像にずっと視線を送っていました。おそらく半跏思惟像に自分の様々な思いや悩みなど洗いざらい語りかけているのだろうな、と想像しました。

  外に出て境内の紅葉が綺麗ですね!とタクシーの運転手さんに話しかけると、タクシー運転手さんも、かの女性のことが気になっていたようです。私が「いろいろなことを語りかけていたのでしょうね」と言うと、そのタクシーの運転手さんは、少し笑みを浮かべながらこう言いました。

 『対話』していましたね

 この言葉を聞いた時、ハッとしました。そうだ、対話していたんだ!私は半跏思惟像をじっくりと見ることができた満足感に心奪われ、自分で「語りかけていた」と言いながらも何か言葉足らずだった気持ちの答えはこれでした。私が表面的に想像していた一方通行の語りかけではなく、確かに対話していた!そう思えました。さすが!古都京都のタクシー運転手さん。楽しいひと時でした。

  ということで人と人との対話は、もちろん大切ですが、鳩高生のみなさん!こうした「対話」にチャレンジしてほしのです。すでに似たようなことをしている人もいると思います。どんな御利益(ごりやく)があるか?もやもやとした自分の思考を整理することができると思います。

 では、対話の対象物として何か身近にありますか?と問われたら…

  何でもよいのです。大好きでとてもお世話になった今は亡きおばあちゃん、おじいちゃんがいれば、おばあちゃん、おじいちゃんの写真に向かってなどです。また絵画など、どうでしょうか?世界的名画で好きなものがあれば、写真集がなくてもネットなどから鮮明な名画が見られると思います。絶好の対話相手ではないでしょうか。朝晩涼しいというより、だいぶ寒くなりました。健康に留意して日々の学校生活を肩の力を抜いて頑張り楽しんでください。応援しています。

  では次回、12月2日(月)、このホームページで会いましょう!