2024年11月の記事一覧
校長室より「11月後半」の鳩高生への応援メッセージ
対話
鳩高生のみなさん、こんにちは。校長の田中です。今回は「対話のすすめ」について語りたいと思います。「対話」というと当然のこのながら「相手」がいます。クラスメイト、友達、先生など大いに対話して相互に理解を深めてください。そして今回は話しかけても、問いかけても対象物が言葉を発してくれない対話に挑んでほしいという話をします。
数年前、京都を訪れた折、タクシーを使って市内を見学しました。今ではすっかり中学生の京都修学旅行の定番となっているようです。生徒のみなさんの中にも班員と計画を練った見学ルートを班別研修としてタクシーで廻った経験がある人も多いのではないでしょうか。さてその時私は、見学先の一つに日本史の教科書、図説でおなじみの国宝「半跏思惟像(はんかしゆい(又は「はんかしい」)ぞう)」が安置されている「広隆寺」に行きました。広隆寺は平安京遷都以前から存在する京都最古の寺院です。半跏思惟像といえば奈良県、中宮寺の半跏思惟像とともにとても有名ですが、ここでは広隆寺の半跏思惟像です。
おぼろげながらも少しだけでもイメージしてもらうため、この「半跏思惟像」をイラスト化してみました。「半跏(はんか)」とは、右足を曲げて、左ひざの上に置き、「思惟(しゆい)」は、右手の指先を軽く頬にふれて思索する、この姿の仏像が半跏思惟像で仏教の修行者が瞑想する際にとるポーズを表した彫刻とされています。
ちょっと若い青年のようになってしまいましたが、おおよそこんな感じの像だと受け止めてもらえたらと思います。
さて本題に戻りましょう。広隆寺は聖徳太子信仰の寺院であり、聖徳太子関係の像も見どころの一つですが、それでも最大のみどころは、何と言っても今、話題にしている半跏思惟像です。この半跏思惟像の前には畳敷きの腰掛があり、ゆっくりこの半跏思惟像を眺めることができます。私は同行した方とタクシーの運転手さんも一緒に堂内等を見学しました。堂内の展示物を流すように見ながら国宝、半跏思惟像の前に立ちました。静寂に包まれた堂内のセンターにスポットが当たり、何か心が洗われるような美しい姿に圧倒されながらも時間が経つうちに私の心も整ってきたような気がしました。
そんなことを考えながら堂内を見学しました。その間ずっと半跏思惟像の前には一人の女性がいました。思い返せば、堂内に入った時から出るまで中年と思しき端正な身なりの女性が半跏思惟像の前の畳敷きの腰掛に正座するかのように姿勢よく座って微動だにしない、そんな気品ある雰囲気をまとって半跏思惟像と向かい合っていました。それも他の観覧者に配慮し、真正面から少し右側で半跏思惟像にずっと視線を送っていました。おそらく半跏思惟像に自分の様々な思いや悩みなど洗いざらい語りかけているのだろうな、と想像しました。
外に出て境内の紅葉が綺麗ですね!とタクシーの運転手さんに話しかけると、タクシー運転手さんも、かの女性のことが気になっていたようです。私が「いろいろなことを語りかけていたのでしょうね」と言うと、そのタクシーの運転手さんは、少し笑みを浮かべながらこう言いました。
『対話』していましたね
この言葉を聞いた時、ハッとしました。そうだ、対話していたんだ!私は半跏思惟像をじっくりと見ることができた満足感に心奪われ、自分で「語りかけていた」と言いながらも何か言葉足らずだった気持ちの答えはこれでした。私が表面的に想像していた一方通行の語りかけではなく、確かに対話していた!そう思えました。さすが!古都京都のタクシー運転手さん。楽しいひと時でした。
ということで人と人との対話は、もちろん大切ですが、鳩高生のみなさん!こうした「対話」にチャレンジしてほしのです。すでに似たようなことをしている人もいると思います。どんな御利益(ごりやく)があるか?もやもやとした自分の思考を整理することができると思います。
では、対話の対象物として何か身近にありますか?と問われたら…
何でもよいのです。大好きでとてもお世話になった今は亡きおばあちゃん、おじいちゃんがいれば、おばあちゃん、おじいちゃんの写真に向かってなどです。また絵画など、どうでしょうか?世界的名画で好きなものがあれば、写真集がなくてもネットなどから鮮明な名画が見られると思います。絶好の対話相手ではないでしょうか。朝晩涼しいというより、だいぶ寒くなりました。健康に留意して日々の学校生活を肩の力を抜いて頑張り楽しんでください。応援しています。
では次回、12月2日(月)、このホームページで会いましょう!
校長室より「11月前半」の鳩高生への応援メッセージ
back numberの「水平線」のメッセージ
鳩高生のみなさん、こんにちは。校長の田中です。11月になりました。今年も残すところあと2か月、「光陰矢の如し」とは、まさにこのことだと実感します。1年が早く感じられる理由の一つは、年度始まりが4月、ということが大きく関係していると思います。学校の時間軸でいうと2学期が終わると冬休みに入り、すぐに年末・大晦日、冬休み中に新年を迎えます。1月8日に学校が始まり、この3学期が終わって新年度を迎える時には既に1年の4分の1が経過しているのです。それでもこのことによって1年をよりメリハリのあるものにしていると思います。
さて11月前半は、back numberの「水平線」のさびの歌詞を私なりに解釈して、青春真っただ中にいるみなさんが様々な困難に対して前向きに受け止める入り口にしてもらえたらと思います。1番は、さびの前から以下のような歌詞です。
「…正しさを別の正しさで 失くす悲しみにも出会うけれど
水平線が光る朝に あなたの希望が崩れ落ちて
風に飛ばされる欠片(かけら)に 誰かが綺麗と呟いてる
悲しい声で歌いながら いつしか海に 流れ着いて
光って あなたは それを見るでしょう」
まずこの楽曲ですが、インターハイの出場を目指していた高校生に向けて書き下ろされたものだそうです。2020年8月、新型コロナウイルスの流行真っただ中にリリースされたこの曲は、インターハイ大会運営に関わっていた学生がback numberのメンバーに手紙を送ったことから生まれました。
back numberの清水依与吏さんは、インターハイ出場が決まって結果を残すためにたくさんの努力を重ねてきたにもかかわらずコロナ感染防止のため大会中止を受け入れざるをえなかった学生たちに向けて次のようにコメントしています。「先人としてなのか大人としてなのか野暮な台詞を探してしまいますが、俺たちはバンドマンなので慰めでも励ましでも無く音楽をここに置いておきます」と。
「水平線が光る朝に あなたの希望が崩れ落ちて
風に飛ばされる欠片(かけら)に 誰かが綺麗と呟いてる」という部分、
「あなたの希望が崩れ落ちて、風に飛ばされる」ことは、この上なくつらく悲しいものだと思います。さらにその「欠片(かけら)に誰かが綺麗と呟いてる」というのです。この歌詞についてネット上の一部では「ひどくないですか?」、「何が綺麗なんですか?」という論調も見られます。いろいろな受け止め方、解釈ができると思いますが、私は以下のように受け止めています。
みなさんのチャレンジ・挑戦は、成功しようが失敗しようが、全て綺麗で美しい。
それを綺麗だ、美しいと感じられるようになるのはずっと後のことかもしれません。それでもみなさんのチャレンジ・挑戦は貴い!たくさん挑戦して…、失敗してもいいじゃないですか。自分を高める様々なチャレンジ・挑戦をし続けてください。応援しています。
では次回、11月15日(金)、このホームページで会いましょう!